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東京地方裁判所 昭和28年(行)57号 判決 1954年8月13日

原告 帝国酸素株式会社

被告 中央労働委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

被告が再審査申立人原告、再審査被申立人帝国酸素労働組合総連合間の中労委昭和二十八年不再第一号事件につき、昭和二十八年六月二十四日付でなした命令主文のうち「初審の命令を左の通り変更する。再審査申立人が昭和二十七年十一月十一日付を以てなしたる江原庄平に対する転勤通知はこれを取消す。」との部分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

第二、請求の原因

一、原告は昭和二十七年十一月十一日付で、帝国酸素労働組合総連合(全国各地にわたる原告会社の本社、支社及び工場における従業員の組織する労働組合二十三組合より成る連合体、以下単に総連合又は組合ともいう)の書記長江原庄平を、その勤務先原告会社機器製作所から本山工場庶務係に転勤を命じた。

総連合は右転勤命令を不当労働行為であるとして、兵庫県地方労働委員会に救済を申立て、同委員会は審査のうえ右転勤命令は不当労働行為であると判断し、「一、右使用者(原告、以下同じ)は昭和二十七年十一月十一日付を以てなしたる江原庄平に対する転勤通知を取消さねばならぬ。二、右使用者は組合役員転勤問題に関し速かに組合の申入れた団体交渉に応じなければならない。三、右使用者は組合に対し書面を以て第一項記載の転勤通知は組合に対する不当干渉であつて之を遺憾とする旨の表示をなさなければならない。」との命令を発した。原告は右命令を不服として、更に被告委員会に再審査を申立て、被告委員会は再審査の結果昭和二十八年六月二十四日付で「初審命令を左の通り変更する。再審査申立人が昭和二十七年十一月十一日付を以てなしたる江原庄平に対する転勤通知はこれを取消す。再審査被申立人その余の救済申立はこれを棄却する。」との命令を発し、右命令書は同年六月二十九日原告に送達された。右命令の理由は別紙命令書写記載の通りである。

二、しかしながら、原告のなした右転勤命令は不当労働行為ではない。しかるに被告委員会は事実の認定を誤り、右転勤命令は労組法第七条第一号に違反する不当労働行為であると判断して、前記命令を発した。したがつて右命令は労組法第七条第一号を誤つて適用した違法なものであるからその取消を求める。以下その理由を明らかにしよう。

三、(1)原告会社は日本法人ではあるが、フランス人の経営であるからその事務機構等も自ずから、フランス式となる。そこで原告会社の事務機構或いは従業員配置の根本観念は一般会社のそれとは異つており、この差異を了解しないと誤断におちいることは次に述べる通りである。すなわち、被告は江原を機器製作所の勤労係最上席と認定しているが、上席という言葉は原告会社における制度上の用語ではない。原告会社で係長又は主任制度を認めているのは、四大支社の営業、会計、容器の各係に係長制と、発送係に主任制を認めているだけで、江原の在籍した場所は機器製作所の事務課であり、いわゆる勤労係は同課に所属するが、別に正式に係名を有しているのではない。したがつて被告が「最上席」と断じたのは間違いである。又本山工場では「その先任者は江原庄平より上席の者である」と認定したのも同様である。これは恐らく先任者であり、本給が上であるからかく見た事と思われるが、前述のように、原告会社では、正式の役付の外に上下の区別はなく、まして一般職員間では、本給の多少により地位の区別はしていない。しかも転勤命令発令当時において、江原が本給月額九、四四〇円で、本山工場庶務の先任者岩本(年令は三年多く勤続は七年長い)が九、四八〇円であり、両者の本給の差は月額四〇円で問題とする程のものでない、要するに被告の認定は、原告会社企業内部の実情を無視した嫌いがある。労使間の紛争につき、当該企業の内部組織ないし経営方針を度外視して、客観的見地からのみでこれに対処するのが妥当かどうか疑問であつて、一般では或いは給与の高い者が、上席の場合が多いかも知れないが、原告会社では給与の上下で直ちに地位の上下を区別していない。しかるに給与の上の者が上席であるから、江原の場合も岩本の次席になるので不利益取扱であると論断するのは肯けない。これは余りに客観的な見地から本件を認定した結果であり、被告の認定は正確を欠くものである。

(2) 本山工場の拡張は、昭和二十七年七月十五日の取締役会において既に決議されたが、資金関係から尼崎工場の完成(昭和二十八年三月の予定)後、三千万円を投じて着手することに確定しており、かつ本山工場はその将来性において、機器製作所とは比較にならない程の重要工場として、原告会社が力をつくしている工場である。そこで工事着手前における本山工場の事務社員の事務は、それほど多忙ではなかろうが、着手後は事務に通じない工場長(技術者)の補佐役として重職であり、かつまた多忙となるのは当然であるのみならず、新工場完成後は阪神間における溶解アセチレンガスの販売、配給、外部との交渉等につき、ますます重職となるのであるから、原告は本山工場の要請に応じて、事務に練達の江原をひきぬき転勤させたのである。かように江原の転勤は利益であり、且つ原告会社の業務上の必要に基くにかかわらず、被告はかかる重大な事情を等閑に付し、不利益な転勤であり、原告会社業務上の必要に基いてなされたものでないと認定したことは肯けない。

(3) 更に江原の転勤は住所を変更することのない同一市内の転勤であり、給与その他の待遇にも変りはなく、肉体的にも経済的にも格別これという障害は生じない。被告は江原の転勤により、組合事務所に至るに一時間以上を要する結果、同人の組合事務執行における不便は甚しいと認定しているが、これは否認する。かりに多少の不利不便があるとしても、協同生活をする者は社会生活の大原則として、お互にたとえ他方の行為が多少とも自己の生活に支障をきたすようなことがあつても、それは忍受しなければならない。現に原告会社は、組合における組合長、書記長その他の役員が組合事務をとるために、会社の事務に多少の支障をきたすことがあつても、これを忍受している場合がある。しかも本件転勤命令発令当時、江原は組合の専従者として内定していたのみならず、昭和二十八年二月十日これが実現された点からみると、本件転勤は専従者たる江原の組合事務執行について何ら支障をきたさない。

(4) 被告は総連合の役員の職場異動については、事前に総連合及び本人と協議するのが従来の例となつていたと認定しているが、原告は過去において口頭による事前通知をした例はある。しかしこれは、終戦後において住宅もしくは食料関係のため、事前に転勤者にこれらの事情等をききただしたにすぎない。当時一般の会社においてそのような取扱が普通なされていたからであつて、必ずしもこれを紳士協約又は原告会社のみの慣行として行つていたのではない。現在は原告、組合間には転勤について協約もなく、当然に転勤について協議しなければならぬ拘束は全くない。

(5) 原告はかねて組合に専従者を設けることが、労使双方の将来のために利益であると考え、これに対する提案を考えていたが、昭和二十七年、秋の大争議以来殊にその念を深め、右争議解決後は、必然これが実現具体化の機運が来たと考えた。此の考えは組合にも暗々のうちに通じていたと信ずる。それであるから、原告としては何人が専従者になるにしても専従者がおかれれば、江原の転勤により組合活動に支障が生ずるものとは思わなかつたのである。かりに原告が江原の組合活動をおさえたいと思つても、一方に専従者協定の必要を認めていた以上、組合と本人の考えによつて、江原は本山工場に赴任するのも、専従者となつて組合の仕事につくのも自由であつたのであり、現に江原は地労委の命令後直ちに組合専従者に選任されている。この事からみても原告に不当労働行為意思のないことが判る。

(6) 被告は江原が転勤に応じがたい理由の中には、総連合の書記長としての立場もあげてあるにもかかわらず、原告はこれに対して一顧も払わず、転勤に応じなければ懲戒するとの書面を出した旨認定しているけれども、原告が江原に対して転勤に応じなければ懲戒するとの書面を出したことは認めるが、その余は否認する。江原の転勤は前述のように、原告会社としてはその才能を認めて転勤させたのであり、又転勤は同人の生活条件或いは組合事務の執行につき、何ら不利をきたすものでないにかかわらず、江原が転勤に応じなかつたことは、原告会社としては秩序をみだすおそれがあるから、一応善意をもつて戒告したのである。

(7) 江原が昭和二十七年九月一日から同月二十六日まで行われた同盟罷業中大いに活躍したことは否認する。

第三、被告の答弁

一、主文と同趣旨の判決を求める。

二、請求原因第一項に記載された事実は認める。しかし本件命令及びその前提となる事実の認定及び法律上の判断については、請求原因第二項以下に原告の主張するような違法の点はなく、この点についての被告の主張は命令書理由中に記載されている通りである。

第四、証拠<省略>

理由

一、原告は昭和二十七年十一月十一日付で、帝国酸素労働組合総連合の書記長江原庄平を、その勤務先原告会社機器製作所から本山工場庶務係に転勤を命じた。組合は右転勤命令を不当労働行為であるとして兵庫県地方労働委員会に救済を申立て、同委員会は審査のうえ右転勤命令は不当労働行為であると判断して、原告主張のような救済命令を発した。原告は右命令を不服として、更に被告委員会に再審査を申し立て、再審査の結果別紙命令書写記載のような理由で、やはり前記転勤命令は不当労働行為であるとして、原告主張のような救済命令が発せられ、その命令書は昭和二十八年六月二十九日原告に送達された。

以上の事実は当事者間に争がない。

二、右転勤命令は江原庄平の正当な組合活動の故をもつてなされた不利益取扱であるか。

(1)  被告委員会が、前記のように右転勤命令は不当労働行為であると認定したのに対して、原告は不当労働行為ではないと主張する。そこで右転勤命令が不当労働行為であるためには、右転勤命令が組合活動の「故をもつて」なされたものであることを必要とするので、先ずこの点について判断する。

(イ)  江原は前記のように総連合の書記長であり、成立に争のない乙第一号証の二十六、三十一、四十三及び証人尾崎治、江原庄平の各証言を綜合すれば、総連合の三役中尾崎委員長は他に公職をもち、更に上部団体の役員をしている関係から、また二名の副委員長もそれぞれ担当業務の関係から組合事務に専念できないので、組合本部の事務関係は書記長たる江原が責任をもつてやる立場にあり、例えば情報宣伝部報の編集責任者となり、常時でも一週間に二、三回、斗争中は毎日、全国に散在する二十余の傘下労働組合に対し右部報を発送していたこと、また江原は組合と原告会社との団体交渉には常に出席し、組合が昭和二十七年七月原告会社に対し、退職金規定改正、賃金改訂などを要求し、同年九月無期限ストに入り、約一月にわたり争議をした際、江原は斗争資金の融資その他外部或いは上部団体との連絡などから、組合内各専門部の統轄など一切を担当して大いに活躍したことが認められる。

(ロ)  次に証人西村芳雄、尾崎治の各証言及び弁論の全趣旨によれば、原告会社は日本法人ではあるが、その株式は大部分がフランス人によつて占められ、かつ会社の首脳部もフランス人である関係もあつて、原告会社と組合との間は従来よりとかく意思の疎通を欠き、ために紛争が起き易く、殊に昭和二十七年九月の争議当初会社総務支配席ロベール・カボーがフランスから帰つて、人事その他経営上の実権を行うようになつてから両者間はにらみあいの状態にあり、原告会社は組合に対し好意的な態度を示していないことがうかがわれる。

而して成立に争のない乙第一号証の二、四十及び前記江原証人の証言によれば、江原は昭和二十七年十一月十二日機器製作所石谷所長から、同月十一日付で本山工場庶務係に同月十七日までに転勤すべき旨の通知書を渡されたが、江原はもちろんのこと同所長も事前に右転勤を知らなかつた程突然のことであつたことが認められ、成立に争のない乙第二号証の六、七及び前記尾崎、江原証人の各証言によれば、同月十四日には総務支配席ロベール・カボーは総連合尾崎委員長に対し、口頭で江原が十七日までに本山工場に転勤しなければ解雇すると告げ、江原が同月十五日付の文書で突然の転勤命令には応じ難い旨を申立て、その理由中に総連合の書記長としての職務を遂行できなくなることもあげたけれども、原告は右事実を顧みず、同月二十日付の書面で江原に対し、右転勤に応じなければ懲戒する旨の強硬な態度を示したことが認められる。(懲戒解雇する旨の書面を出したことは原告の認めるところである。)

ところで成立に争のない乙第一号証の十六、三十一、四十六(第二回審問調書辰馬宇一供述部分)、四十七(第三回審問調書前田一雄、末広治供述部分)並びに前記尾崎、江原、西村証人の各証言及び証人大木六雄、辰馬宇一の各証言を綜合すれば、転任につき、住居の心配のない場合には、予め了解を得なかつた場合があるにしても、かつて総連合の役員守屋、前田、植木らの異動については、少くとも所属長及び転勤先が人事課から正式に転勤通知を受ける前に、所属長より本人に転勤の話をし、本人の了解を得て行われており、又現在原告会社と組合間に労働協約は締結されていないが、さきに労使双方から三名ずつの委員を出して労働協約研究会をつくり、労働協約草案の作成にとりかかつた際、組合から当時労使間で行われていることで成文化されていないものは、この際成文化することを主張し、会社側もこれを納得したので、総連合の役員の異動についての紳士協定に基き、労働協約研究会草案第十六条に会社は総連合の役員の異動については事前に総連合と協議する旨の明文をおいたこと、江原の転勤と同じ頃に行われた異動についてみても、機器製作所から大阪支店に転勤した田中、本社から尼崎工場に転勤した東尾の両名とも組合役員ではないが、転勤通知書受領前非公式ながら所属長から予め通知されていること、組合専従者協定は昭和二十七年十二月十八日付で締結されたが、これは同年十月末東京で行われたカボー・尾崎会談以後具体化しはじめたのであつて、転勤命令発令当時江原が専従者になるかどうかは未定であつたし、原告会社も江原が専従者になることを見極めて転勤を命じたのではないことが認められ、証人大木六雄、辰馬宇一、浦川秀吉の証言中右認定に反する部分は信用しがたく、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(ハ)  以上の事実を考えあわせると、右転勤命令は一応江原の組合活動を理由にして前記カボーの組合対策として行われたものであることを推定しなければならない。原告は江原の転勤先の本山工場は将来拡張の計画があり、本山工場の要請に応じて、事務に練達の江原をひきぬき転勤させたので、原告会社の業務上の必要に基いてなされたと主張する。しかし成立に争のない甲第二号証(乙第一号証の二十二)及び証人栗栖保好の証言によれば、本山工場では昭和二十六年頃から事務員の増員を要求していたが、江原を指名して要請したことはなく、むしろ昭和二十七年十月頃には庶務の手伝いをさせていた現場の工員を現場に帰したため、庶務の仕事が忙しくなつたので、とりあえず誰かをよこしてほしい旨本社に要求したのであつて、江原のような練達した人を予想していなかつたことが認められる。また前記西村証人の証言によつても転勤命令発令当時は本山工場拡張の計画はあつたにしても、まだ着手はもちろん計画すら発表もされておらず、その後一年半を経た昭和二十九年五月上旬に於てもまだ拡張工事に着手さえしていないことが認められるので、江原をそのように急に本山工場に転勤させる必要があつたとは到底認められない。そのほかに江原の右転勤が会社の業務上の必要に基くことを肯くに足る証拠はない。

(ニ)  結局江原庄平の転勤は原告会社の業務上の必要に基いてなされたものではなく、江原の組合活動の「故をもつて」なされたものと認めざるを得ない。

(2)  つづいて本件転勤は労組法第七条第一号にいわゆる「不利益な取扱」であるかどうかを判断しよう。

(イ)  成立に争のない甲第十七号証(甲第十五号証、乙第二号証の三)、乙第一号証の三十一、四十六、四十七及び前記西村、栗栖、尾崎、江原証人の各証言によれば、次の事実が認められる。

機器製作所には従業員が約二百名おり、江原は従業員の賃金その他勤労関係を扱ういわゆる勤労係に所属し、職制の上では別に係長という役名は持つていないが、所長、課長から勤労係に相談、指示などする場合には、江原に対してなし、江原は他の係員を指揮する状態であつて、同じ係三名中江原が事実上の長であつた。これに対し本山工場は転勤命令当時従業員二十名位で、庶務係にはすでに先任者がおり、給与も江原より多かつた。又本山工場拡張計画は昭和二十七年七月十五日の原告会社取締役会で決議されたが、工事着手は尼崎工場が完成してから後の予定であつた。そして本山工場は今まで酸素とアセチレン製造を行つていたが、三千万円を投じてアセチレン製造機四台を設置するアセチレン工場にして、大阪、神戸両市にアセチレンガスを供給することとし、今までの売上げ月額四五〇万を一、二〇〇万円にする予定であるが、人員は二十数名で足りる予定であつた。(なお尼崎工場は昭和二十八年三月頃完成の見込であつたが、液体酸素製造器一台増設などのため予定より完成がおくれ、而も尼崎工場完成後も資金関係などから本山工場の増設には着手せず、現在でも酸素製造をやめ、七、八名でアセチレンガス製造だけを行つている程度である。かように認められる。

(ロ)  次に成立に争のない乙第一号証の三十一、三十四、四十三及び前記尾崎、江原証人の証言によれば、本件転勤命令発令当時組合事務所は本社守衛室の二階にあり、機器製作所からは徒歩一、二分、本山工場からは市電を利用して約一時間かかること、また江原は組合事務を統轄していた関係から、就業時間の前後、昼休には組合事務所にあつて殊に昼休には組合役員が集つていろいろな問題を討議したり、中央執行委員会を開いたり、宣伝部報についての打合せをするなどの組合活動を行つていたが、本山工場に転勤すれば前記のような距離的関係から、江原は昼休にはもちろん、就業時間前後の組合事務の遂行も困難となること、本件転勤発令当時はまだ組合専従者制はなかつたことが認められ、右認定に反する前記西村、大木、辰馬、栗栖、浦川証人の証言部分は信用しがたく、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(ハ)  以上認定した事実から、江原の機器製作所と本山工場における職務内容及び地位等を考えると、原告の主張する原告会社の特殊性を考慮にいれても不利益な転勤といわざるを得ず、更に右に認定したように転勤により江原のこうむる組合事務遂行上の不利益は明らかである。

(3)  したがつて結局本件転勤命令は江原庄平の正当な組合活動の故をもつてなされた不利益取扱であると断ぜざるを得ない。

三、よつて被告委員会が右転勤命令は労組法第七条第一号に違反する不当労働行為であるとして、前記のような命令を発したことは正当であるから、右命令を違法であるとしてその取消を求める原告の本訴請求は失当であるので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決した。

(裁判官 千種達夫 立岡安正 高橋正憲)

(別紙)

命令書

再審査申立人 帝国酸素株式会社

再審査被申立人 帝国酸素労働組合総連合

右当事者間の中労委昭和二十八年不再第一号事件につき当委員会は公益委員細川潤一郎、同藤林敬三、同佐々木良一、同吾妻光俊、同小林直人出席合議の上左の通り命令する。

主文

初審の命令を左の通り変更する。

再審査申立人が昭和二十七年十一月十一日附を以て為したる江原庄平に対する転勤通知はこれを取消す。

再審査被申立人その余の救済申立はこれを棄却する。

理由

当委員会は審査の結果左の事実を認定する。

第一、再審査被申立人組合総連合(以下単に総連合と称する)は再審査申立人会社(以下単に会社と称する)の本社、支社及び工場に於ける従業員の組織する労働組合二十三組合を傘下とする連合体であり、江原庄平は総連合の書記長であるが、会社と総連合との間には争議があつて、昭和二十七年九月一日から同月二十六日まで同盟罷業が行われ、書記長江原庄平はその間大いに活躍した。

第二、江原庄平は会社の機器製作所の勤労係に勤務していたが、昭和二十七年十一月十二日同所の石谷所長から突如として同月十一日附本山工場の庶務係に同月十七日までに転勤すべき旨の通知書を渡されたのであつて、その際同所長は江原に対して「自分はこのことについては全く知らなかつた」と告げた。

第三、会社の機器製作所は従業員約二百二十名を有し、勤労係は三名であつて、江原庄平はその最上席であり、且つ勤労関係の事務については極めて熟達していたのであるが、これに引き換え本山工場は従業員僅かに二十名位に過ぎず、しかも庶務係には既に一名の先任者がおり、給与関係から見れば、その先任者は江原庄平より上席の者である。

第四、会社の主張するところによれば、本山工場には事業拡張の計画があつて、その将来性は極めて有望であり、今次の転勤は寧ろ栄転と解すべきであるとのことであるが、その拡張計画なるものも、人員に於ては現在の倍数位に止まり、しかも資金の関係上何時拡張に着手するとも見込みの立たぬことであり、昭和二十七年十一月十一日において、江原庄平程度の者を転勤せしめるの必要は全然認められない実情にある。

第五、総連合の事務所は機器製作所の近くにあり、組合の専従者にあらざる江原書記長は昼の休憩時間を利用して又は終業後直ちに総連合の事務を執つていたのであるが、本山工場となれば、総連合事務所に至るに一時間以上を要する結果、総連合の事務を執る上においての不便は甚しい。

第六、この会社においては総連合の役員の職場異動については、事前に総連合及び本人と協議するのが従来の例となつていたのであるが、江原庄平の右転勤については事前において何等の協議も行われなかつたばかりでなく、江原が右突然の転勤に応じ難い旨を申出でた理由の中には総連合の書記長としての立場も挙げてあるにも拘らず、会社はこれに対して更に一顧を払わず、同月十四日会社の総務支配席ロベール・カボーは総連合の中央執行委員長尾崎治に対して「江原が十七日に転勤に応じないならば懲戒解雇に附する」と告げ、更に会社は同月二十日附書面をもつて江原に対して「至急転勤執務せざれば解雇の制裁も已むを得ぬ」と言うような強硬態度を示した。

然るに他方右江原の転勤と時を同じうして行われた他の者の転勤には事前に協議を遂げ、その了解を得て行われた事例もある。

第七、総連合は右江原の転勤を不当として、会社に対して同月十二日、十三日に口頭若しくは文書をもつて、三回に亘つて団体交渉を求めたが、会社は之を拒否して応じなかつた。

以上の事実に基いて判断するに、前記江原庄平の転勤は機器製作所と本山工場との規模の大小、両職場に於ける職務及び地位の関係等から見て、江原に取つては不利益な転勤と認めざるを得ない、殊に総連合の書記長としての執務関係から見れば、その不利、不便は甚しいものがある。

次に江原庄平の右転勤については前記認定事実に明かなように特に注目すべき左の諸点がある。

(一) 江原の転勤と同時に行われた他の者の転勤については事前に協議を遂げ、その了解を得て行われた事例があるにも拘らず、右江原の転勤は総連合の役員の異動に関する従来の慣例を破つてまで、事前の協議を遂げずして、全く突如として一方的に行われたこと。

(二) 本件の転勤そのものが、江原庄平程度の者を転勤せしめる必要など全く認められないものであり、且つ機器製作所の石谷所長にも寝耳に水の転勤であつたこと。

(三) 江原が会社に対して転勤に応じ難い旨を申出でた理由の中には総連合の書記長としての立場も挙げてあるにも拘らず、会社はこれに対して一顧を払わず、遮二無二右転勤を強行しようとしたこと。

(四) 昭和二十七年九月一日から同月二十六日まで総連合は同盟罷業を行い、江原庄平はその書記長として活躍したのであり、同人に対する転勤通知は右同盟罷業から間もない十一月十一日であること。

以上の諸点を綜合するに、江原庄平の右転勤は真に会社の業務上の必要に基いてなされたものではなく、会社の首脳部が独断をもつて取り決めた転勤であつて、その真の理由は同人の総連合書記長としての組合活動にあつたものと断ぜざるを得ない。従つて右転勤は明かに労働組合法第七条第一号に該当する不当労働行為であつて、畢竟その取消を免るべきものではない。

次に団体交渉の点であるが、書記長たる江原庄平の転勤は総連合に取つては極めて重大な問題である。況んや従来は総連合の役員の異動については事前協議が行われていたにも拘らず、今回はその慣例を破つて事前協議を行わずして突如決行せられた転勤でもあつて見れば、総連合が会社に対してこの問題について団体交渉を持ちたいということは当然のことであり、会社がこれを拒否するについて正当の理由と認むべきものは何等存しないのである。従つて会社が右団交を拒否したことは明かに不当労働行為であると云わなければならない。然しながら、江原庄平の転勤そのものが不当労働行為として取消される場合においては、団交に応じるとか、応じないとかの問題を超えて、団交の目的としたことまでが実現することとなるのであつてみれば、その上なお団交に応じなかつたことに対する格別の救済は、もはやその必要のないものと解すべきである。

次に又再審査被申立人は江原庄平の転勤はこれによつて総連合の機能を阻害し、これを弱体化しようとする不当干渉であるから、労働組合法第七条第三号に該当するものであると主張するが、元来同条第一号に該当する行為も、組合に対する不当干渉であることは同条第三号の場合と同様であつて、即ち第一号のような方法によつて組合に干渉する場合を、特に第一号として規定したに過ぎないのであるから、或る行為に対して第一号が適用せられて、なお余剰の部分のある場合でなければ、第三号を適用する必要はないものと解さなければならない。今これを本件について見るに、問題は江原庄平の転勤だけであつて、この行為については既に第一号を適用する限り、その上なお第三号を適用するの余地は全然認められないから、この点に関する再審査被申立人の主張は採用することができない。

以上の次第であるから再審査被申立人の本件申立の中、江原庄平に対する転勤の取消を求める部分はその理由あるものとし、その余の申立はこれを棄却すべきものとし、仍つて初審の命令は右の範囲に於て変更せらるべきものと認め、労働組合法第二十五条、第二十七条、中央労働委員会規則第五十五条を適用して主文の通り命令する。

昭和二十八年六月二十四日

中央労働委員会 会長代理 細川潤一郎

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